2016年02月20日

用賀の叔母

水曜日は用賀に住んでいる叔母のお通夜だった。
12月に脳溢血で倒れてから入院してて、
肺炎を併発したそう。

私も仙川の病院に2回ほどお見舞いに行ったのだけど、
すでに話すことはできなくなっていた。

母から訃報を聞いたとき、
悲しかったのは事実なんだけど、
亡くなる前に会えてよかったと思った。

最後に会いに行ったときはかなり苦しそうだったけど
棺の中ではまるで眠っているような穏やかな顔をしていた。
遺影も素敵な笑顔だった。

叔父さんも娘である従姉妹夫婦も、
気丈に振る舞ってたけどね。
やっぱりその悲しみは大きいわけで。
なんて声をかければよかったのか。
こういうときいつも困る。

お通夜は不動前の斎場で行われた。
同時に何組ものお通夜が執り行われていて、
なんだかシステマチックだった。
都会ってこういうものなのかな。

お焼香は何回やっても緊張する。
それから(見た目だけでいうとレゲエやってそうな)異国の青年が参列してて
あきらかに戸惑ってたし長い読経に飽きてた。
まあいいけど。

通夜振る舞いの席で、
従兄弟たちと献杯しながらいろいろ話した。
会うの何十年ぶりという人もいて。
小さい頃は毎年お正月に集まっていたのにね。
懐かしい。
従兄弟の子どもたちは来年結婚するとか大学生だとか。
月日が経つのは早いわ。

叔母とうちの母は唯一の姉妹だったからとても仲がよくてね。
うちの家族と叔母一家で箱根に行ったなあとか思い出したり。

足が悪くて参列が叶わなかった叔父がいてね。
亡くなった妹に書いた手紙を息子に託してて、
それをみんなで回し読みさせてもらった。
心がこもっているのはもちろん、
知性のある粋な文章だった。
そういえば叔父は本を出すほどだったんだった。
あの本、実家にまだあるだろうか。
読んでみたい。

それから母の従姉妹も宮城から駆けつけてて話すことができた。
叔母の人徳だなあと思った。

そんな感じでみんなと別れて一人で帰宅しながら、
家族という存在とか将来について考えこんでしまった。

日曜日と火曜日は仕事に関係する国家試験で、
(私が受けたわけではないけれど)
翌日はそれに付随するあれこれに忙殺されたり。
わりと大変な一週間でした。

posted by じゅんこ at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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